カウンセラー紹介

プロフィールー Profile

斉間 京子(さいま きょうこ)

斉間 京子(さいま きょうこ)

経歴
1971年北海道生まれ。1992年看護師資格取得。結婚を機に山梨へ移住。
長年看護師として幅広い分野での経験を積みながら二児の子育て経験、自身も一時うつ病を患い克服した経験を積む。
その後、様々な経験を生かし一人でも多くの方の心のケアに貢献したいと痛感し心理学を学ぶ。
現在、その方のレジリエンス(逆境から回復する力)を引きだし心を育むカウンセラーとして活動中。子育て支援センター、産前産後ケアセンターにおいても心理職として活躍中。
資格
  • 正看護師
  • 3学会(麻酔科、胸部外科、呼吸器学会)合同呼吸療法士
  • 一般財団法人メンタルケア協会 メンタルケア・スペシャリスト
  • 日本推進カウンセラー協会 心理カウンセラー/認知行動療法士/メンタルトレーナー/脳活性トレーナー
ほっとする瞬間
月を見ている時、たわいもない笑い、毎日のささやかな晩酌

長年、看護師としてあらゆる科、あらゆる方との出逢い

長年の医療現場の中で、「生きる事」と「死と向き合う事」に寄り添わせていただきました。

二人に一人が癌患者という時代に入り、癌は生活と共に共存する病気と言われるようになりました。

外来で告知を受け、家族にどう告げたら良いのか、家族はご本人とどう接したら良いのか、心と向き合う余裕はなく命のための治療が始まります。

治療の継続や生きる事、死と向き合う事を考えてゆく上で、これまでその方が歩んできた道のりに、一緒に寄り添い「その方なりの新しい意味」を見つけ回復する力(レジリエンス)を引きだす事、医療への橋渡しをする事がカウンセラーのみならず看護師の視点を活かした役割と考えております。



また突然、大事な方を失ってしまい心身ともに疲弊しご病気になられてしまうご家族を外来で多く見かけてきました。

亡くなった方の入院中は、看護師もご家族のそばに寄り添うことができます。

しかし、退院後のご家族ケアまでは行き届かずとても自分自身、歯がゆい気持ちでいっぱいでした。

お体の治療には、投薬や最先端の治療がなされますが、心はなかなか追いつきません。

ご家族は周りから、「早く立ち直って、頑張って前を向くように」とせかされ、故人を思い出すたびにどんどん自分を責めてしまうという悪循環に陥ってしまいます。

できるだけ早い段階で感情に蓋をせず悲しむ事と丁寧に向き合うグリーフケア(遺族ケア)として専門的立場から、大切に関わらせていただいております。

一方、カウンセリングに来られた方で心の病に重大なご病気が隠れている場合もございました。

だるさが重度の貧血に起因している例や動悸が心臓病だったケースもあります。

ご本人は、どの科に受診すべきかわからず検査への知識も当然なく病院受診が後回しになっていた様です。

ご本人を不調にさせているものは何か、「心の問題」と決めつけず、初期段階であらゆる視点、経験、予測性を総動員させ、「受診しておけば良かった」を無くすため適切に医療受診へ促し「心と体」両面からサポートさせて頂いております。

子育ての数々の失敗、経験

北海道で生まれ育ち、山梨へ移住。風習も違い慣れない土地での結婚、出産、育児は、本当に大変でした。

周りの方々に恵まれながらも、出産後はホルモンバランスの崩れによる脳機能の低下や過労、産後の後遺症により、いま問題となっている「産後うつ」に一時近い状態だったと思います。

なかなか子供を心からかわいいと思える余裕はなく、現在、産前産後ケアセンターや子育て支援センターで若いお母さん方と出会いますが、とても人ごとではありません。



子供と常に2人だけの大変さ、仕事と育児の両立、時間に追われる生活の中で気持ちの余裕はなく、ささいな事で夫婦喧嘩は増え続けていきました。結婚前は想像もつきませんでしたが、子供が生まれると家族の形が急に変わり、今思えばお互いに言葉のキャッチボールができず、我慢する事でしか乗り切れないと思い込み、しかし我慢も長続きはせずお互いに爆発するという繰り返しでした。

家を飛び出しても行けるところはなく、子供を感情のままに怒鳴ってもいました。

子供を感情のまま叱り、また自分自身を責めての繰り返し、周りのおうちがとても幸せそうに見え、更に落ち込み比べてばかりいました。

思春期に入ると、子供のイライラに自分も一緒に巻き込まれ反省。

子供部屋のドアを蹴る子供に「ドアを丸ごと外し丸見え作戦」を実行したり、何度もゲームを約束通りに終わらせない、留守中に隠れてやる事に堪忍袋の緒が切れ、「職場のロッカーにゲームを運んだり」、体当たりで懸命に育児の難しさを感じていました。

子供も正論をガンガン言ってきます。子供に言われた言葉にハッとなり、言い返せない自分もいました。

子供に物事を「伝える」というよりは、「言い返す」「感情をぶつける」ことばかりしていました。

成人してからは、育ててきた安堵感とさみしさを経験。数々の失敗がありましたが一生懸命に子供を育てて来たつもりが、実は子供に私自身を育てられ「育児」が自分を育てる「育自」だった事に気づきました。

大変だけど、向き合った分、必ず返ってきます。完璧な親より、上手くいかなかった時に子供に対しても素直に「ごめんね。ありがとう」と言えるお母さんが少しでも増えて、お母さん自身が「自分を許し、自分を好きでいてほしい」と心から願っています。

自身もうつ病を経験して

うつ病を発症した時、様々な要因が重なり合いそれを気軽に相談できず抱え込んでしまいました。

様々な症状を抱えながらも、まさか自分が…と受け入れる事は出来ず、投薬を受けながら必死に業務をこなし、更に状況は悪化。胃十二指腸潰瘍や円形脱毛症、味覚が解らなくなり、活字を見て文字は読めるが内容が全く頭に入ってこず、突然襲い掛かる動悸に汗びっしょりになり、自分がどんどん自分じゃなくなっていく感覚でした。



周りに「休む事が一番」と言われましたが、家に居ても時計の秒針ばかりが気になり、仕事をしていない事に情けない気持ちがこみ上げ罪悪感にさいなまれ、だるいのに休めない毎日。

インターホンの音に過敏になり周りの目も気になり始め、人目を避け公園で寝る生活が続きました。

病気になった事を知る知り合いには無理に元気よく見せ鬱であっても、その時だけ自分をよく見せようと必死だった自分もいました。

毎日、とっても疲れてしまう日々でしたが認知行動療法と出逢い、私のターニングポイントとなりました。

薬物治療をしっかり続けながら、新たな視点で自分と向き合う事ができ、誰しもみんな認知(考え)の歪みや癖を持っていること、ストレス下では輪をかけてその歪みは強くなり悪循環になってしまう事などを学びました。

更に自分を知ることで楽になり、生きるコツを手に入れる事が出来ました。

うつ病と向き合う日々は壮絶でしたが、どれひとつ欠けることなく全てが繋がり、今の自分になれたのだとようやく思う事が出来ました。

「本当の幸せ・本当の自分」に気づき自分自身を、ありのまま受け入れ許す事も少しずつ出来るようになりました。

うつ病になったからこそ「新たに見える世界・感じる世界」があります。私の逆境を支えてくれたのは、家族、友人、そしてプロのカウンセラーでした。

誰でも気軽に相談できる環境、カウンセリングをもっと身近に感じてほしいとの願いで「ここHug」はスタートしました。